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Streunende Katze


 
 夏インテ2本目
 野良猫のお話です

 ←表紙




ミューラーの住むアパートに、予想外の珍客が来るようになった。彼、もしくは彼女は靴下を履いたような足を器用に動かし、ふらりとベランダに現れる。そして、細く小さい身体を駆使し、すこしだけ開けていたベランダの窓の隙間から気ままに潜入してきては、いつの間にかソファの上で寝ているのだ。人になれているのだろうか、ミューラーがその柔らかく小さな身体を持ち上げようと近づいても逃げようともせず、ジッと、彼と同じ大きな目でミューラーを見上げるだけだった。
 この珍客は大変に賢い。ミューラーが中にいないときには、決して侵入してこず、静かにベランダの外で寝転んで待つ。尻尾をパタンパタンと動かしながら、しれっとした顔付きで家主が帰ってくるのを待っているのだ。そして、帰ってきたことがわかるとゆったりと起き上がり二、三鳴き、己がここにいることをアピールする。すると優しいミューラーのこと、困った顔をしながらも、静かに窓を開けるのだ。彼もしくは彼女は窓を開けてもらった礼も言わず、定位置である、皮張りの茶色いソファに横たわる。そしてその柔らかい身体をくるりと丸め毛繕いを始めるのだ。当然のようにその身を預けた場所は、彼のお気に入りの場所であり、そこにふてぶてしく座る姿が、遠くにいる彼に重ねて見えた。

「なあ、お前はそこが好きみたいだが、そこは、あいつの指定席なんだぞ?」

怒らせると怖いんだぞ…と話しかけてみるが、彼あるいは彼女は我関せずと言わんばかりにミューラーを一瞥すると、毛繕いを再開する。何を言っても無駄なところはそっくりだな、とミューラーは笑った。


 

「最近猫が来るようになった」

「……ネコ?」

「そう、猫…」

「お前が飼ってるわけじゃないのか。オス? メス?」

「……去勢されててわからん」

「なるほど…それじゃあどこかの飼い猫だったかもな。逃げ出してきたかもしれない」

ミューラーは彼の声を聞きながら、キッチンの片隅で食事をしている彼あるいは彼女を眺めている。

「確かに人慣れしてるし、毛並みもいい。やっぱり飼い猫だったのかな」

「実物見てないから何とも言えないけど」

受話器の向こうの彼は、少し残念そうにそう言った。そういえばここ最近会っていないな…とミューラーは思い出したように言う。

「……そうだな。最後はいつだったか……もう長い間会っていない気がする」

実際には三か月程度であるが、それでも頻回に会っていたころに比べれば、それは長い部類に入るだろう。お互い時間が合わぬのだ。遠征に次ぐ遠征。そして練習。お互いそれぞれのチームにとって必要不可欠な存在だ。あちらこちらと出回ることが必然的に多くなってしまうのは仕方がなく、それは喜ぶべきこと……なのだが。

「時間がないから、仕方がないさ」

苦笑交じりにそういえば、彼あるいは彼女の食事が終わったようで、専用の食器の前で顔を洗い始めた。どうやら満足したようだ。ミューラーは電話の向こうに少し待っていてくれと伝えると、電話をキッチンのテーブルに置き、その食器を洗い始める。ただ、残念なことが一つだけ。それは彼が、通話を保留にしていなかったこと。まず、ミューラーにそのような操作ができるはずがない。
 彼がテーブルに背を向けているその隙を狙って、彼あるいは彼女はフワリとそこに身を移す。足音一つ立てぬその移動にミューラーはもちろんのこと、電話の向こうの彼も気づくことはなかった。彼あるいは彼女は先ほどまでミューラーが持っていた携帯電話に小さな鼻を近づけ、その匂いを嗅ぐ。彼あるいは彼女にとってその匂いがどのようなものであったかわからないが、それはそれは熱心に嗅いでいる。そして、しばらく嗅ぎ続けたかと思うと、満足したのか、今度は靴下を履いた前足でそれを突き始めた。横から上からと…初めは触れるだけだったものから、徐々に勢いを増し、最後には爪を立て、勢いよくそれを場外へとはじき出す。それは硬い音を立て、床に叩きつけられた。その音に驚いたのは洗い物をしていたミューラーだけではない。それを場外に追いやった張本人もまた、その音に身を揺らし、そそくさと逃げ出してしまった。ミューラーが振り返った時には、投げ出された携帯電話と、走り去る彼あるいは彼女の後姿だった。あわてて拾い上げ、耳に当てるミューラーであるが、電話の向こうの彼の表情が見えず、戸惑う。

「大丈夫か、シュナイダー」

「……悪戯好きみたいだな」

「いや、好きと言うわけではないと思う。たまたまこうなっただけで……」

すまない。そういうと、ミューラーも彼あるいは彼女の後を追ってリビングに移動した。そこには携帯電話を落としたことなど忘れているかのように寝転がっている彼あるいは彼女の姿。やはりお気に入りのソファの上で、だ。自由気ままなその姿にミューラーはやれやれ…と呟いた。

「どうしたんだ?」

その呟きはシュナイダーにも聞こえていたようで、何事かと聞いてくる。

「ん? やんちゃ者が皇帝のお気に入りソファで寝てて……自由な奴と思っただけ、付き合わされるこっちは大変だぞ」

言葉とは裏腹に、楽しそうな声。ほんの少し手のかかる方が良いなど、ミューラーは思っているのかもしれないが、シュナイダーは少し違う。

「……ミューラー…実は、来週……空いているんだが…」

突然低くなったシュナイダーの声。彼のご機嫌ななめスイッチが入ってしまった。ミューラーはいまだにかれのスイッチがどのタイミングで入るのかわからないでいた。

唯一わかることといえば…

「おれも来週なら空いている。よかったら…来るか?」

ご機嫌斜めの時の対処法。それだけは自然と身についた。身についた…というよりは理解できたと言った方が良いのかもしれない。
 だが、さっきのセリフ…ミューラーが彼のためだけに言ったわけではない。ミューラー自身限界を感じていた。その証拠が、今だって、ミューラーから電話をかけているのだ、あの、電話嫌いのミューラーが、だ。
 わかりやすいのはお互い様である。

「ああ…行く。行くから待っていてくれ」

熱のこもった声に、ミューラーの身が震える。

「…待っててやるから、さっさと来いよ。そうしないと、あのソファ…あいつに取られちまうぜ?」

冗談めかしくそう言えば、彼は、それは困ると真面目ぶった声で答えた。じゃぁなるだけ早く、な…そう言ってミューラーは静かに通話をきる。きっと話したいことはたくさんあるだろう。だが、それは来週の楽しみにとっておくことにした。

「…来週、そのソファの主が来るからな。場所開けとけよ?」

スピスピと寝息を立てているその小さな頭を優しく撫でた。




 ……こんなお話でございます。。。。。

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