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背中



 初書きのじとさのです…
 わーかなり恥ずかしい………



 いつ見ても大きな背中だなぁと、乱暴に頭を洗っているその人の背をぼんやりと眺めていた。フィールドに立つ以外はたいていこの背の後ろにいる。そのためか、広い背中は見慣れていた。たとえ衣服を取り除いてあろうと、なかろうと、その大きさは一向に変わらない。自分の倍以上あるであろう背には、小さな古傷がちらほら見当たるものの、大きな傷など一つもない。ケンカ暮らしであったというのに、それでもその背に傷一つ付けない彼は、実は人ではない何か別の、物の怪じみたものではないかと疑いたくなるほどである。要はただ単に彼が強いだけのことなのだ。そして、その強さに何度か助けてもらっていることもまた事実である。

 後輩思いのこの物の怪は、熱い視線に気づきもせず、せっせと頭に乗っかっている泡を流している最中。そんな彼の背を上から下まで眺めていくと、ちょうど脇腹のあたりが赤くなっている。目を凝らして見れば、細い筋のようなものが無数に見える。出欠までしていないものの、それは明らかに最近できたひっかき傷。両脇にくっきりとできているそれは少々痛々しくも見えた。湯を浴びているせいで血行が良くなっているからなのか、その赤がとても目立つ。佐野はそれらを目にした途端、頬を赤く染め、渋い顔をする。もちろん彼にはそれが何の傷であるか、いつできたものか、心当たりがありすぎる。何しろ、あの傷は自分が付けたものであって……。

 そこまで考えると、佐野はいたたまれなくなり、視界に入っていた大きな背中から目をそらし背を向けると、ブクブクと湯船に沈んでいく。


「何しとると


 沈んでいく佐野の後ろから聞きなれた声。先ほどまで豪快に頭を洗っていたその人は、ゆっくりと佐野の浸かっている湯船へとやってくる。ちょっと避けろ、と佐野に目くばせをすれば、佐野は素直に彼が入れるぎりぎりのスペースを確保する。


「狭いタイ」


「次藤さんが大きいから仕方ないですよ。それに、男が人入るなんて作った人もそこまで考えてないですよ」


 そういうと、それもそうか、と次藤は納得していた。正直、彼にはこの異常さというのがわかっていないのだろう。長いようでたった数年しか付き合っていない佐野であるが、それでも次藤の頭の中は大体わかっていた。それなりに成長した男が人、同じ湯船に浸かることの異常さ。がだ、それをすんなり当たり前のように受け入れていることができる自分もすごいと思うのだが、それ以上に、その異常さを微塵も感じさせない彼もまた偉大だと思う。そして、それがまた次藤洋という男の魅力なのかもしれない。


「次藤さん、ちょっと聞いていいですか」


「なんね」


「その…あの…脇腹痛く、ありませんか……


「わきばらぁ


 次藤は急に何を言い出すんだ、という表情で佐野を見る。問題の佐野はというと、自分が湯船に沈む原因となったものを改めて聞くのは気が引ける。しかし、どんな理由であれ、先輩を傷つけたというのであれば、謝らないわけにはいかない。普段は冗談とかで流せるのであるのだが、今回ばかりはモノがモノだけにそうもいかない。


「あーそういえば、少し痒かな」


 そう言って、彼は脇腹を摩る。いや、実際は掻いているのかもしれないが、それは揺れる水面のせいではっきりと確認することができなかった。


「痛くはないんですね


「痛くなか。それがどうしたと


「あーうー……いえ…」


 佐野はしばらく唸った後、小さくすみませんと呟いた。その後もう一度ブクブクと沈んでいく。そんな彼を見ていた次藤は何を思ったか、彼の両脇に腕を差し込み力強く己の方へ引き寄せる。湯が大きく波立ち、豪快に外へと流れ出た。

 次藤は佐野を胸に抱え込み、自分よ下にある頭に顎を乗せる。抵抗できる隙を見せない次藤の行動に彼はなすがまま。頭上が重くなり、見上げようとしても次藤がそれを許さない。


「次藤さん


「佐野、ワシもお前に謝らんといけんことがあると」


「は


 頭の上が軽くなったと同時に後ろを振り向く佐野。長い前髪の隙間から次藤と目が合えば、彼は意地悪そうな笑みを浮かべ、佐野の右肩甲骨あたりを撫でる。


「この辺、痛くなか


「この辺って…」


 あまり意識していなかったが、そう言われればなんだか違和感を覚える。右腕をグイグイ回し、意識的にそこを動かしてみるが、痛みは特にない。


「痛くありませんが、ちょっと変な感じがしますね」


「変な感じ…」


 次藤は先ほどまで撫でていた場所に顔を近付けた。何をするのだろう、佐野が首をかしげていると、突然背部に激痛が走る。それはもちろん、先ほどまで違和感のあった場所。

 痛みに身体を硬直させながらも、あわてて次藤を引きはがした。


「な、なにするんですか


「痛かったと


「痛いってもんじゃないですよ 激痛ですよ激痛 もう、背中の肉が千切れちゃうんじゃないかと思いましたよ


 捲し立てるように佐野が吠える。しかし、肝心の次藤には佐野の大声なぞどこ吹く風。彼は佐野のそんな反応を見て大声で笑っている。


「もう 何も面白いことないですよ


 唇を尖らせる佐野の頭をガシガシと撫でると、すまんすまんと言いつつも悪びれる様子はない。


「まさかそこまで痛がるとは思わんかっタイ」


「いったい何したんですか」


「いや 軽く吸うただけバイ」


「いくらなんでも、それだけであんなに痛くなったりしませんよ…」


「まぁ、そん前に、ここに立派な歯形があるタイ」


 ニヤニヤしている次藤は先ほどの場所を軽く指先で押す。すると…


「い、痛い


 どうやら次藤の言ったことは本当のようだ。佐野はその瞬間、彼が嘘なぞついていないことが分かった。違和感であったものは痛みへと姿を変え、佐野を襲う。


「次藤さん、歯形ってなんですか 歯形って


「そんまんま…歯形タイ」


「いや…だから…」


「昨日、夢中になっとったらいつの間にか噛んどった」


「…昨日……」


「そげん強か噛んだつもりはなかったが…」


「………あの、それって…」


「こん傷と同じタイ」


 次藤は佐野の手を取ると、己の脇腹を撫でさせる。

 厚くて固い彼の脇腹。昨日もこの脇腹に手を当てていた記憶がある。その固さも、厚さも、筋肉の形ですら、今鮮明に思い出してきた。


「じ、次藤さん


 引いていた熱が再燃する。先ほどまで忘れていた羞恥心がもう一度佐野の中に蘇った。


「どした、顔が赤か。のぼせたと」


「だ、誰のせいですか、誰の…」


「ワシか


「次藤さん以外にいたら困るでしょ」


 確かに、そういって次藤は愉快そうに笑う。


「俺もう上がりますね。このままじゃ本当にのぼせちゃいます」


 立ち上がり、浴槽から出た佐野。彼の小さな背中を見ていた次藤はおもむろに立ち上がると、彼を捕まえ小脇に抱える。突然のことに佐野はバタバタと暴れるも、それもすぐに治まった。抱え上げたのは次藤であり、乱暴はしないことは重々承知していた。ただ、その後に起きることまで想像することはできずにいた。佐野は抱え上げた次藤の顔を見る。生き生きとしたその表情になんとなく、今後の自分の姿を想像する。


「…次藤さん……


「お前の背ば見とったらしとうなった」


 直接的な物言いに佐野は頭を抱える。彼の表情を見た瞬間に想像出来た今後と見事に合致した。かといってそれを拒否できるほど彼も大人ではない。誰でも欲には負けるものである。


「…お、お手柔らかにお願いします」


明日の練習に響くので…。その呟きが次藤に聞こえていたかどうか、定かではない。

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ただただ、ぼんやりと息をする生き物。何かを考えているようで結局はなにも考えていない。そんな生き物です。

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