「キャプテン…暑いです……」
「……おう…」
部活も終わり、その後の自主練習に励む二人の影。季節は夏、いまだ陽の落ち切らないグラウンドを所狭しと走り回るは、松山と小田の二人だった。授業も終わり、その後すぐに部活をはじめ、それが終わってもなお、まだ足りぬと言わんばかりにサッカーボールを追いかけまわる。ちらほら残っていた部員たちも今や誰もいない。残っているのは幼馴染の彼らだけだった。
「そろそろ上がりましょうよ」
いくら若いからとはいえ、さすがの小田も音を上げる。ここ数時間動きっぱなしなうえに、この暑さ、いくら陽が落ちかけているとはいえ、異常なまでの暑さは残る。
「あー、先上がってろよ。俺はもう少しやる」
ちらり、と小田を見た松山は、大きくボールをけり出し、それを追いかけていった。彼にそう言われてはい分かりました、といえる小田ではない。ましてや、この調子では彼が倒れてしまうのではないか…小田はため息を吐くと、松山の元へと駆け寄る。
「あんまりやり過ぎても、身体壊すだけですよ」
「だけどよぉ、この時期ぐらいだぜ? こんなに練習できるの。できるときにやっときてぇんだよ」
彼の言わんとすることもわからなくはない。夏が過ぎ、秋を越えればあっという間にまた冬が来る。そうなれば、今度は雪との戦いだ。陽がさす時間だって今の半分になる。それだけ練習する時間も短くなってしまう。それはもう、毎年のことだった。
「だからと言って、一気に練習するよりも、毎日コツコツの方が効率がいいですよ。練習は溜めることができませんからね」
「……そうだけど…」
松山だってそれは分かっていた。わかっているのだが、やらねばならぬ。そんな使命感に支配されていた。いや、使命感…というより、強迫観念に近いかもしれない。小田から見て、今の松山がサッカーを楽しんでいるようには見えなかったのだ。しなければならない、自分がやらなければ…そんな圧力、圧迫感にも似た感情が見え隠れしていた。
「もしかして…『キャプテン』が負担ですか?」
「……!」
小田の言葉に松山は肩を揺らす。そしてキッと彼を睨み付けた。
「そんなわけっ!」
「じゃあなんでそんなに苦しそうなんです?」
「苦しくねぇ!」
「だって…松山さん……キャプテンになってから笑わなくなったでしょ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げて首をかしげる松山に、苦笑する小田。本当に気付いていなかったんですね。そういうと、松山の足元に転がっていたボールをヒョイと取り上げる。
「二年になって、キャプテン任されて、全部背負い込んで…苦しくないわけないでしょう。ただでさえ、松山さんは抱え込みやすいタイプなんだから」
「………」
松山は何も言わない。小田の言ったことが事実なのかどうか、彼自身わからないのかもしれない。
「ただね、松山さんだけががむしゃらに頑張ったってダメなんですよ。サッカー…何人でやるかわかります?」
「…バカにすんなよ。11人だ」
「そ、11人でするんですよ。一人だけが上手くてもダメ。今まで、おれ達11人でサッカーやってきたじゃないですか」
だから、あんまり気負わずに、みんなで強くなっていきましょうよ。小田がそう言いきると同時に松山は大きく息を吐いた。
「お前にそんなこと言われるとは思ってもみなかったぜ。ったく…下らねぇとこばっかり見やがって」
「仕方ないじゃないですか。腐れ縁ってやつですよ」
「あーやだやだ」
松山は小田からボールを奪い取ると、それを片づけに器具庫へ向かった。
「小田ぁ! 帰るぞぉ!」
ボールを持っていった方から彼を呼ぶ声。小田ははいはいと呟いて、松山の後を追った。
「いつから気づいてたんだよ……」
さっさと着替えを終え帰路の途中、松山はそう聞いてきた。
「いつからって言われても…そんなの覚えてませんよ」
「ほかのやつら…気づいてんのかな」
「さぁ? でも、最近のキャプテン張り切ってるなぁぐらいじゃないですか?」
「…ならいいや」
「ん?」
「だってよぉ…情けねぇだろ。プレッシャーに押しつぶされそうになってました…とか。俺らしくねぇ」
ふんっと鼻を鳴らす松山に、小田はつい吹き出してしまった。そんな彼の動作に、口をへの字に曲げる松山。
「たぶん松山さんだけじゃないと思いますよ。誰だってキャプテンになればいらない気負いをすると思いますし。たまたま我慢強い松山さんが任命されただけで。だから気づきにくかったって言った方がいいのかな」
まぁ、松山さんらしいといえば、らしいんじゃないですか? そういって笑いだせば、松山はちぇっと口を尖らせる。
「笑い事じゃねぇよ。こっちは必死だってねぇのに」
「あれ? 言ってくれますね。こっちはこっちで必死だったんですよ? 松山さんについていくのに、ね」
本当かぁ? と疑いの目を向ける松山に、本当ですよ、とニコニコしながら返事をする。
「お前も必死だったのか?」
「あたりまえじゃないですか。そうでなきゃこんな時間まで松山さんと練習するわけないで
しょ。おれはおれなりに必死だってことです」
「ふーん……」
松山は口元を手で覆い、しばらく何かを考え込む。突然黙り込んだ松山に、小田は首をかしげるが、声をかけようとはしなかった。
「じゃぁさぁ……」
口元の手を外し、松山は正面を向いたまま、隣を歩く彼に話しかける。
「これからも…必死で俺について来いよ」
「………は?」
「は? じゃなくて、これからもずっとついて来い。必死で。俺が後ろ向いた時に、居ないとか…そんなことないように、しっかりついて来い」
「松山さん…?」
「…お前ぐらいなんだよ。残って俺の相手すんの。…だから居なくなったりすんじゃねぇぞ。いいか、絶対に…」
ついて来い。そう言い放ち、松山はやっと小田の方を向く。その眼の力強さに、彼は困ったように笑うだけ。
「…返事!」
「わかってますよ。しっかり松山さんの後ろを付いて走らせていただきます」
このセリフで彼が納得したのかわからないが、松山は、よしよしと頷いている。
「ただし……」
機嫌の良い松山に少しの悪戯心が顔を出す。小田も、松山に負けないぐらいの笑みを浮かべていた。
「ただで…とはいきませんねぇ」
「…は?」
何を言い出したかわからない松山。先ほどまでの満面の笑みは消え、今度は眉間にしわが寄る。
「な、なんだよ。『ただ』とか言い出しやがって」
「そりゃ、松山キャプテンにおれのサッカー人生を任せるわけですから、そりゃただで、とはいきませんよ」
「……何が言いてぇんだよ」
小田は急に足を止めると、自分の正面…と言うよりは、斜め右の方角を指さす。その指の先には昔ながらの駄菓子屋がひっそりと建っていた。
「かき氷…」
「…え?」
「かき氷奢ってください。それで手を打ちましょう」
もう、暑くて暑くてたまんないんですよ。そういうと、止めていた足を進める。呆気にとられ、呆然と立ち尽くす松山を放って、彼は足早にそこへと入っていった。松山はまだ返事をしていないのにも関わらず、だ。
「……仕方ねぇなぁ…」
困り顔で頭を乱暴に掻き、松山も彼の後を追っていく。しかし、困りながらもその口元には笑みを浮かべていたことは言うまでもない。
「キャプテン! おれこれがいいです!」
「ば、ばかやろう! それ一番高けぇやつじゃねぇか! こっちにしろ!」
「いやです!」
そんな、賑やかなやり取りが駄菓子屋の中から聞こえてきた。
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